東京地方裁判所 平成9年(ワ)10049号 判決 1998年4月28日
主文
一 被告は、原告に対し、平成一〇年九月二一日が到来したときは金一二〇〇万円を支払え。
二 訴訟費用は被告の負担とする。
三 この判決は、仮に執行することができる。
理由
【事実及び理由】
第一 請求
主文同旨
第二 事案の概要
本件は、被告とゴルフ会員契約を締結した原告が、右契約に際して預託した資格保証金の返還を求めた事案である。
一 争いのない事実等
1 原告は、昭和六二年八月一〇日、被告が経営するゴルフ場「サイプレスカントリークラブ」(以下「本件クラブ」という。)の特別縁故会員の募集に応じ、被告と入会契約を締結した(以下「本件契約」という。)。
同日、原告は、被告に対し、預り保証金(資格保証金)として金一二〇〇万円を預託した(以下「本件預託金」という。)。
本件預託金は、本件クラブの正式開場後一〇年間据置き、据置期間満了後退会の際返還するとの約定であったところ、本件クラブは昭和六三年九月二〇日に正式開場したので、据置期間満了日は平成一〇年九月二〇日である。
2 原告は、被告に対し、平成九年五月一五日到達の内容証明郵便により、本件クラブを退会する旨及び据置期間満了日が到来した時に本件預託金を返還するよう求める旨の通知をした。これに対し、被告は原告に対し、返還資力がないことを理由に、預託金の返還期日を延期して欲しい旨の通知をした。
3 本件クラブの会則(以下「会則」という。)第六条但し書に基づき、平成九年五月、理事会が預託金の返還期日を最長一〇年間延長するとの決議をし、同年七月一日、被告取締役会が右返還期日を五年間延期するとの決議(以下「本件決議」という。)をした。
二 争点
1 本件決議の有効性
2 据置期間満了前に退会できるか。
3 退会及び預託金返還請求に、理事会及び取締役会の承認が必要か。
三 争点に対する当事者の主張
1 争点1について
(被告の主張)
本件決議は次のとおりの理由により有効である。
(一) 原告が本件契約に際して承認した会則第六条但し書には、「クラブ運営上やむを得ない事情があると認めた場合には理事会及び取締役会の決議により返還の時期、方法を変更することがある。」と規定されている。
(二) 継続的契約であるゴルフ会員契約には、当事者が契約時に予想できなかった事態が生じうる。バブル経済の崩壊により会員権の相場は五分の一以下に値下がりし、その結果、満期に会員の預託金返還請求が集中する事態となった。被告の経営状態は、平成八年九月三〇日現在で営業損失が約三八億円、当期未処理損失が約七〇億五〇〇〇万円であるため、会員から一斉に約一六〇億四六〇〇万円に及ぶ預託金の返還請求を受けた場合、対応できる状態ではなく、本件クラブの運営の継続が不可能になることは明白である。
(三) そこで、著名な経営者で構成されている本件クラブの理事会が、系列ゴルフ場である小幡郷ゴルフ倶楽部の個人正会員権を与える等の条件と引き換えに、会員に対し、預託金の返還期日を最長一〇年の限度で延長するとの決議をした。
(四) 被告取締役会は、最長一〇年という理事会の決議にかかわらず、会員に配慮して五年間という一般には異例の短期の延長をしたものであり、被告としてできうる限り最大限の誠意を示している。
(原告の主張)
本件決議は、次の理由により無効である。
(一) 預託金返還請求権は、預託金制ゴルフクラブの会員の基本的な権利であるから、会員の了承がない限り変更できないと解すべきところ、原告は本件決議を了承していないから、これに拘束されない。
(二) 会則第六条但し書の「クラブ運営上やむを得ない」という要件は、恣意的、主観的であり、民法第一三四条によって無効である。
2 争点2について
(被告の主張)
次の理由により据置期間満了前の退会は許されない。
(一) 会則第六条、第七条は、据置期間満了前の退会を想定していない。
(二) 会員の退会を据置期間経過後に限定する契約は公序良俗違反ではなく、また、退会を据置期間経過後に限定することにより、ゴルフ場は重要な安定的収入源である年会費を保障されることになるから、右限定には合理的な理由がある。
(原告の主張)
次の理由により据置期間満了前の退会は許される。
(一) 会則にはこれを禁止する規定はなく、会則第七条によれば、据置期間満了前でも退会はできるが、預託金の返還を据え置くにすぎない。
(二) 仮に右のように考えられないとしても、満了以前の退会の申し出は満了と同時に効力を生ずると解すべきである。
3 争点3について
(被告の主張)
会則第六条は、預託金について「理事会及び取締役会の承認を得て本社に於いて返還する」と規定しており、右承認がなされていないから、原告の本件預託金返還請求は認められない。
なお、会議体である理事会及び取締役会が決議するものとされていることからすれば、右規定を、原告主張のように、返還すべき預託金はいくらか等を被告がチェックするための意味を有するにとどまるものと考えることはできない。
(原告の主張)
次の理由により承認は不要であり、会則第六条の規定は退会申出者が会員か、年会費等の滞納はないか、返還すべき預託金はいくらか等を被告がチェックするための意味を有するにとどまると解すべきである。
(一) 承認が必要であるとするなら、会員は承認がない以上永久に預託金の返還請求ができないことになる。
(二) 本件クラブは独立の団体ではなく、被告の単なる運営のための機関であるから、「理事会及び取締役会の承認」とは「取締役会の承認」と同一に帰する結果、預託金の返還は債務者である被告の意思のみにかかることになり、右規定はこの点に関しては民法第一三四条により無効である。
第三 争点に対する判断
一 争点1について
預託金の据置期間を変更することは、本件契約の基本的権利義務について重大な変更を生じさせる結果となること及び会則第一三条によると、本件クラブの理事はすべて被告取締役会において選任され、会員においてその選任に関与する余地は全く認められていないことに照らすと、会則第六条但し書は、延長事由に合理性があり、かつ、延長決議の内容が短期間の延長であって会員の権利に著しい変更を生じない等合理性を有する限度で有効であると解するのが相当である。
本件決議は、バブル経済の崩壊により会員権の相場が当初の五分の一以下に低落したこと、本件クラブが、開場以来、入場者数が極端に少なく、人件費、コース管理維持費等の支出をまかなうだけの売上げ収入を確保できず、被告の経済状態が、平成八年九月三〇日現在で一年間の損失約一三億二〇〇〇万円、当期未処理損失約七〇億五〇〇〇万円であり、一六〇億六六四〇万円に及ぶ預託金の返還に対応できる状態にないことを理由とするものであるところ、被告の経済状態を低迷させるに至った右各事情は、被告にとって予期しなかったことであるにしても、経済の変動は事業経営者として当然に考慮に入れるべき事柄であって、著しい事情の変更とまでは認めることができず、被告が、据置期間の延長と引き換えに、会員に対し、被告の系列ゴルフ場である小幡郷ゴルフ倶楽部の個人正会員権を与える等の措置を講じていることを考慮してもなお、本件決議の延長事由に合理性があると認めることはできないといわざるを得ない。
二 争点2について
《証拠略》によると、会則には、据置期間満了前の退会を許さないとする規定はなく、会則第七条は、据置期間満了前に退会した場合には、預託金の返還が据え置かれることが定められているにすぎないと解すべきである。
三 争点3について
《証拠略》によれば、会則第六条に「退会を条件として(預託金の)請求がある場合は、理事会及び取締役会の承認を得て本社に於いて返還するものとする。」と規定されていることが認められる。
右規定を、右承認を受けない限り預託金の返還を請求することができないと解すると、預託金の返還が被告の意思のみにかかることになり、不合理であるから、右規定における承認は、退会申出者が会員か、年会費等の滞納はないか、返還すべき預託金はいくらか等を被告がチェックするための意味を有するにとどまると解するのが相当である。
四 将来請求の必要性
被告は、本訴において、原告の請求を争っており、平成一〇年九月二一日以降において原告に対し速やかに預託金を返還することが期待できないので、将来請求の必要性が認められる。
五 よって、主文のとおり判決する。
(裁判官 一宮なほみ)